新・一枚のブラジル音楽〜臼田道成




「Tito Madi "No Palco!" / チト・マージ "ノ・パウコ!"」

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50~60年代、コパカバーナが最も華やかだった時代の夜を支えた偉大な歌手の一人、チト・マージの声を私が初めてレコードで耳にしたのは、もう20年も前のことか。それは梅雨の頃であったが、南国ブラジルの音楽であるにもかかわらず、日本の湿潤で鬱々とした気候に、なんと合う音楽、そして声だろうと不思議な想いがしたものだ。そして、当時心も鬱々としていた私は、チトのしっとりとした音楽を、同病相哀れむかのごとく、繰り返し繰り返し、浸るようにして聴いたものだった。チトを聴きながら、部屋の窓を開けると、あじさいが美しく濡れて咲いていた光景を忘れない。

その偉大なチトに、実際に会う機会が訪れた。あれは3年前、イパネマで行われた彼のショーの夜であった。齢を70代後半まで重ねた彼の声は、確かに私がレコードの中で聴き続けたそれより衰えてはいたが、しかし私は感動した。なにより、彼の歌唱に対する真摯な姿勢に打たれたのだ。決して、声を空中に放たない。まるで言葉を、想いを手のひらに乗せて、私たちに向けてだいじに差し出しているかのような歌唱。
歌っているあいだじゅう、彼のマイクを握らないほうの手は、じぶんの胸にそえられていた。頭の歌でも、のどの歌でもない。まさに心の歌なのだ。これを歌手の中の歌手と言わずして何と言おう。
そんなチトのショーに、聴衆はまばらであった。しかも、こともあろうに、歌っている最中にチトの目の前で席を立ち、出ていった馬鹿者カップルすらいたのだ。ああ、耳のない者たちよ。
ショーの後、話しかける私に、チトはどこまでも紳士的に、しかし残念だと語っていた。二度とここでは歌わないとすら言っていた。

その後、光栄にも何度も彼の家を訪ねる機会を得て、今では私たちは友人の仲である。たいへん残念なことに、チトは今年始め、脳溢血を患い、現在も左半身麻痺の後遺症に苦しんでいる。
歌手として、口、舌、声帯、いや体全体の筋肉が自由に使えないということは、致命的とも言えるハンディである。しかしそれでもなお、この79歳の偉大な老歌手は舞台に復帰することをあきらめていない。そればかりか、スタジオで録音する希望も捨てていない。実は、2年ほど前に名ピアニスト、ジルソン・ペランゼッタによるプロデュースで録音され、ほぼ完成の段階にあるアルバムCD作品があるのだ。その名も"Quero te dizer que eu amo"(愛していると、あなたに言いたい)。私にそのCDを聴かせながら、このうちの一曲だけ、歌唱のできが気に入っていないので、なんとしても、それを再録音してから世に出したいと、熱っぽく語っていた。名手ばかりそろえたバックの演奏もみごと、そしていつものように心づくしのチトの歌唱。おまけにこのベテラン歌手は、そのレパートリーを過去の作品に頼らず、彼自身の作品を含む未発表曲だけで用意したのだ。老いてますます意欲的である。しかし、ここまで出来上がっていながら、後遺症に足止めを食らっているのは、なんともどかしいことであろうか。一日も早く、チトがマイクの前に立てることを祈らずにはいられない。
そんなわけで、本当はチト復活への願いを込めてこのチトの新作を「一枚」として紹介したいところなのだが、まだ発表されていない以上、しかたがない。過去の彼のアルバムから選んでみることにしよう。現在入手可能な一枚で、1985年、サンパウロのナイトクラブでのライブ録音CD、"NO PALCO!"。50代半ば、チトの声に脂がのって、そして張りもあって、まさに「ビロードの声」と呼ばれた彼の円熟期の歌唱に酔いしれることができる。私の新作「トロバドール」にも収められている、チトの一大名曲「ショヴィ・ラ・フォーラ」の他、どれも美しい名曲ばかりがピアノ・トリオのこれまた美しい伴奏で歌われている。

歌手の中の歌手。歌手である者に、真の歌手とはどんなものであるかを教えてくれる歌手、チト・マージ。私たちはあなたを必要としています。そしてマイクは、あなたを待っています。どうか再び歌ってください。どこまでも、ロマンチックに、そして、メランコリックに。

(PINDORAMA 2008年11月号より転載)

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