DEIXA FALAR



臼田道成の活動を伝えるために1994年秋より1996年秋まで、オフィス・アルゴによって不定期に計5回発行された会報「DEIXA FALAR(デイシャ・ファラール)」。毎号、臼田のエッセイ、共演ミュージシャンや友人などの臼田論、リスナーの感想、おすすめCDの紹介、ライブ情報などが載せられた。
冊子名「DEIXA FALAR」はブラジル初のエスコーラ(サンバの演奏集団)の名前から、意味は、言いたいことを言わせてくれ、または言わせておけ、といったところか。以下は、幻の会報「DEIXA FALAR」からの抜粋である。



「DEIXA FALAR 1」より(1994年8月発行)



「モンゴル青年ムフバット」

この7月、モンゴルを旅した。一番の目的だった、果てしない大草原、それに馬や羊、色んなものを見た。けれども、いつものことながら、最も心に残るのは人との出会い、そして別れだ。例えば、我々をゴビ砂漠まで運んでくれた強健な運転手ガンボルト氏の息子ムフバット。彼とはすぐ友達になった。言葉は全く通じないが、自分の名前や年を伝えるぐらいのことは誰でもできる。そんなものと、あとはほほえみがあれば、人はいつでも友達をもてる。
時に通訳を交えて、だんだん互いのことがわかってきた。彼は23だが、3才の息子がいること。妻に男ができて、そいつとどこかへ逃げてしまったこと。また彼はモスクワの大学を出たインテリでもあること。
明朝早くモンゴルを発つという晩、我々日本人と、モンゴルの仲間達との間で別れの宴がもうけられた。彼らも歌い、私も歌った。やがて夜も更け、一人また一人といなくなり、しまいには私だけが、林立し、あるいは転がった酒の空き瓶を前に座り呆けていた。すると、どこから盗んできたものか、ワインの瓶を片手に、ムフバットがやってきた。そして、「この酒のことは内緒だぞ。二人で飲もう。」と身振りを交えて言う。二人ともすでにかなり酔っていたが、さらにあおる。酔いの深まるごとに、彼は「ウスダア・・・」とため息とも唸りともつかぬ低い声で言う。彼から妻と子と三人の幸せそうな写真を見せられたばかりだったので、そういう彼の酔いざまに、何とも言えない傷心を感じた。そして、またしばらくすると、「ウスダア・・・」とやる。どれほど飲んだろう。やがて彼は激しく嘔吐し、父親のバスの中で、倒れこむように眠りについた。夜が明け、我々がウランバートルの空港に着いても、彼は起きなかった。だから、彼とは、あの悲痛な「ウスダア・・・」が最後の思い出になってしまった。けれど、人と人とは、全く言葉が通じなくても、こんな飲み友達になれるものなんだな、と何か不思議な、嬉しいような気がした。ただ飲むんじゃない、ため息し、唸りながら、飲み干すのだ。
バスを降りるとき、別れのあいさつのかわりに、私は自分の歌の入ったカセットを、父親のガンボルト氏に手渡した。ムフバットは私の「コロズ・ソング」が好きだったので。
疲れを知らぬ酒飲みであった私も、モンゴルの大地に別れを告げ、機上の人となるや、ムフバット同様、今年一番の深い眠りに落ちた。



「CDこの1枚」

Joao Gilberto
"ジョアン・ジルベルトの伝説"(東芝EMI TOCP7874)

何を選ぼうか、少し迷ってしまったが、やはりこれだろう。車で旅行するとき、僕はきまってこのCDを載せて行く。結局聴かずじまいで帰ってくることもままあるが、それでも、何かこう、身近に置いておかないと落ち着かない。だから、これは人に貸すのも少々ためらわれる。
ジョアンが、ここに収められた「シェガ・ジ・サウダージ」でブラジル音楽界に衝撃的なデビューを飾ったのが、28才。そして太宰治が処女作品集「晩年」を出版したのも28才。
僕はこの28才に、口には出さないが、こだわりがあった。様々な理由によって、僕のデビューは28才で果たされず、もう今度の11月で30になろうとしている。僕が頑固だから、という人もいる。然らば頑固、結構。そう言えばこのジョアンほど頑固な芸術家も、またいまい。ジョアンは、その孤独で頑固な人生と芸術にもかかわらず、ブラジルの殆ど全ての音楽家にとって、そして僕にとっても、遠く輝く星であり、また師でもあるのだ。おそらく一生、僕はこの一枚を聴きつづけることだろう。

※注 現在このCDの国内盤は販売されていません。



「DEIXA FALAR 2」より(1995年1月発行)



「ジョビン追悼」

今月八日、ブラジル音楽の巨人アントニオ・カルロス・ジョビンが逝った。
彼は67才でこの世を去るまで、ブラジル最高の芸術家であり、エンターテイナーであり、「トム」の愛称で親しまれた国民のアイドルであり、また世界の第一線で活躍するブラジルの誇りであり続けた。ブラジルは、またしても大きな存在を失ってしまった。私にしても、これまで彼の作品を歌うことでみずからの声を磨き、その作品を、貧しい創作の、偉大な道標としてきた。哀悼の意を捧げるのは当然のことである。彼の音楽は美しい。悲しみをとかして、あくまで美しく、そして優雅だ。人はそれを聞きながら、心地良い眠りに入ることもできよう。また切ない恋の伴奏にもなろうし、あるいは孤独な夜の話し相手にもなろう。しかしよく耳を澄ませば、その旋律の太く優美な曲線のはるか彼方から、確かに、ブラジルの荒々しい息遺いが聞こえてくる・・・。けたたましい太鼓の響きや黒光りする肉体の躍動、民族の熱気、カルナヴァル。七年前、私は、ジョビンの作品を聞いては、まだ見ぬブラジルという国に思いを馳せ、その幻影に胸を高鳴らせていたものだ。と同時に、ハーモニーとメロディの、あの信じられないような絡み合いから醸し出される、甘美な陰影のマジックに酔いしれた。「シェガ・ジ・サウダージ」「フェリシダージ」「コルコヴァード」「ルイザ」「三月の水」・・・数え上げれば切りがない。
これらすべてが、今では遺産となってしまったけれど、彼の祖国ブラジルからもっとも遠く離れたここ日本にも、変わらぬhomenagem(敬意)を込めて、その作品を歌い続ける男がここにひとりいるということだけは、言っておきたい気がする。当のジョビンは喜んでくれないかも知れないけどね・・・。
Adeus, Tom Jobim.



「DEIXA FALAR 3」より(1995年7月発行)



「ファースト・アルバム『風』について」

間にいくつかの事件によるブランクをはさみながら、実に三年という歳月をかけて、今まさに完成しようとしている、私の初アルバム。タイトル曲「風」が作られた時から数えれば、すでに七年の時が流れている。「・・・・・」と腕を組んで我が二十代を振り返りつつ、感慨にふける私の姿を想像されるかも知れない。が、さにあらず。今私の頭にあるのは、次のアルバム、次のライブをどうしようかということ、そればかりである。
もちろん、このCDの制作に関する、あらゆる場面で私は全力を尽くしてきたし、ありあまる愛情を自分の作品に注いできたつもりだ。だから、私は自信を持って、これを世の人に宣伝することができるのだ。しかしながら、もうこのCDの内容そのものに関しては、私にできることはすべて終った。もう、何一つ変えることはできない。後戻りはできない。「矢は放たれた」感がある。あとはとにかく、できるだけ多くの人々に愛聴されるのを期待するのみである。
実は、私はここで、アルバム「風」に収められた十曲各曲についてのコメントを書くことになっているのだが、「自作を語らず」の美学も目の前にちらつくし、実際、音楽の楽しみは、聴く人それぞれが、自分なりのイメージをふくらませてゆくことにもあるのだから、無粋な解説などは、やめておこうと思う。作者だからといって、聴き手の楽しみを奪ってよいという法はあるまい。ここでは、レコーディング時のエピソードのようなものを記憶の中から少しだけ引っ張り出して、紹介しておくにとどめたいと思う。つまり、ムダ話である。そう思って読んで下さい。
・・・・・・・(以下、第3号は臼田本人による文章の他、録音スタッフの紹介、感想なども交え、ファースト・アルバム「風」特集が組まれた)



「DEIXA FALAR 4」より(1996年1月発行)



「CDこの1枚」

Mark Knopfker マーク・ノップラー
 "Local Hero" (VERTIGO 811 038-2)

1983年製作のイギリス映画「ローカル・ヒーロー/夢に生きた男」のサントラ盤である。この記事を読んでCDを買ってみようという奇特な方がいたら、その人はまずこの映画を見てからにしていただきたい。レンタル・ビデオ屋さんに無ければ、オフィス・アルゴで貸し出してあげます。と言いたいくらい、私はこの映画が好きだ。そしてその音楽も。
ゆるやかで起伏の少ないストーリー、地味な役者たち、恋愛沙汰もなければ、派手な立ち回りもない・・・。あるのは、スコットランドの澄んだ自然と、素朴だがお金が欲しい村人たちと、裕福だが海と星とに憧れる都会人と。それらが織り成すユーモラスな、そしてちょっぴり切ないハーモニーが、見る者の心を、知らず知らずのうちに、優しくあたたかいもので満たしてくれる。仕事や、悩みごとで疲れてしまった人には、特にすすめたい作品である。
また、純粋に音楽として聴いても、これは見事なサントラ盤で、全編を通して様々なアレンジで登場する「野性のテーマ」は私がこれまでに出会ったメロディの中でも最も美しいものの一つと言える。
何度見ても、何度聴いても、飽きることのない、不思議な映画なのです、ローカル・ ヒーローは。



「DEIXA FALAR 5」より(1996年9月発行)



「CDこの1枚」

Cartola カルトーラ
"人生は風車〜沈黙のバラ"(TKF-3801)

歌手にとって、肉体はかけがえのない楽器である。肉体が老いるということは、楽器が古くなるのと同じことである。古くなれば当然、音の張りや艶は失われてゆく。だからと言って、この肉体をギターのように買いかえるというわけにもいかない。
そこで、今回ご紹介するCDであるが、このカルトーラ、若いときからサンバをつくってはいたが、初めてソロ・アルバムを録音したのが何と65歳、二作目が68歳のとき、という人で、それら二枚を一つにまとめたのがこのCDなのである。ここに収められている24曲は全て素晴らしい作品だが、わけても、タイトルにある二曲は彼の代表作であり、さらに言ってしまえば、前者「人生は風車」は、私がこの世で出会った最高の名曲、名演である。
68歳の、歌手としては盛りをとうに過ぎたカルトーラ。決して歌はうまくないし、派手さもない。淡々としてどこか素人っぽいその歌声は、しかし何と深く、優しく私の心に語りかけてくることだろう。その静かさのうちには、真の力強さと、若さがある。彼の人生が、彼の歌を、技術の巧拙や、楽器(肉体)の性能といったものをはるかに越えた所に持って行ってしまっている。
この作品についてある人が、「歌詞は人生の悲惨をニヒルに歌っているのに、それと裏腹に彼の声は限りない優しさにあふれている。」と言っていたが、声(歌)というものは、究極的には、歌っている言葉をも超えてしまうものなのかも知れない。
カルトーラが年老いてなお、このような録音を残してくれたということは、死ぬまで歌ってゆきたいと考える私の、大きな支えとなっている。
そして、ともすれば作品の体裁や、発声のテクニックなどに心を奪われがちな歌手臼田道成に向かい、胸の中のカルトーラは静かにこうさとしてくれるのだ。「歌は、うまさじゃない。美しさでもない。作品の出来でもない。歌はおまえ自身だよ。」と。



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