JOAO GILBERTOについて~臼田道成



これからBossa Novaを習ってみようと思っていらっしゃる皆さんは、すでにJoaoGilbertoの名をご存じのことと思います。このJoao Gilbertoこそ、およそ40年前にBossaNovaという表現形式を(演奏家として)創造、完成させ、なおかつ、このジャンルにおいていまだに他の追随をゆるさぬ、天才アーチストです。Bossa Novaの誕生以来、ブラジルの国内外において多くの音楽家達がこのBossa Novaという音楽、形式を、模倣、拝借、もしくは再生しようと試みてきましたが結局のところ、この特殊な音楽を100%体現できるのは、創造者本人以外にはいないかのようです。現在70近い年齢の彼は、27才で「Chega de saudade」を録音した時と殆ど変わらぬスタイルで、演奏を続けています。

では、具体的にJoaoのどこが偉大なのかをかいつまんで説明してみましょう。
まずはギターワークについてですが、彼はsambaの複雑なリズムの中からシンコペーションを持ったBossa Nova独特のリズムを抽出し、そのリズムを、jazzに通じるテンションを多用した複雑なハーモニーで彩りました。左手でのコードの押さえ方、右手での爪弾き方も彼の発明です。つまり、皆さんが心地よいなあ、と思っていつも耳にしているあのボサノヴァ・ギター独特のサウンドと「ノリ」は彼が作り出したものなのです。しかし、ギターだけではまだ完全なBossa Novaにはなりません。彼は、エネルギッシュに歌われていたサンバを、意識的に感情表現やヴィブラートを抑制し、先述したギターのサウンドに最も調和する形で歌う技術を体得しました(彼はもともとこのような小声の歌手ではありませんでした。むしろ抑揚もたっぷりと、ヴィブラートを多用し、朗々と歌い上げていたようです)。その後、小声の歌手が多くこのBossa Novaを歌うようになりましたが、もとをたどれば、Joaoの革命的なguitar&vocalのコンビネーションの発明に行き着くのです。つまり、基本的にこのBossaNovaという音楽はギターの弾き語りでなされるべきものであるともいえます。

しかし、私が思うに、彼の業績がこれらの「発明」だけであったなら、彼の演奏がいまだに私たちを惹き付ける理由としては不十分であるという気がします(これだけでもすごいことですが)。先に私は書きました。「このジャンルにおいていまだに他の追随をゆるさぬ、天才アーチスト」と。
Joao Gilbertoの芸術、それは宇宙との調和と融合の芸術、といったら大げさでしょうか。私にはそんな気がします。延々と繰り返される、シンプルなguitarのパターンも、極端に抑制されて、まるでお経を読んでいるかのようなvocalも、すべて、その調和と融合のための技術に過ぎないように思えてなりません。Bossa Novaのmovementにのった他の音楽家達が、その技術の模倣に終始して、決して獲得できなかったもの、Joao Gilbertoをして他のいっさいの音楽家から孤高たらしめているものこそ「宇宙との調和への強烈な意志」ではないか、と思うのです。まずguitarとvocalの完全な調和。そのsoundを生み出すための精神の調和。そのsoundと自分を取り巻く世界のsilenceとの調和。そして、それらすべてを結ぶ奇蹟の一点を探しだし、宇宙のエネルギーの流れに融合する。それが彼の仕事です。彼がみずから歌を創ることが殆どなかったのも、歌われる内容によってでなく、肉体による演奏行為そのものによって、その調和へと向かおうとしたためだろうと思われます。まさしく、彼にとって楽曲は「お経」なのです。しかしそのためにかえって言葉は彼個人の所有を離れて、歌詞としての束縛をものがれ、ひとつひとつの言葉そのものへと純化されたとも言えるでしょう。
世の中にアーチストと呼ばれる人は数多くいますが、彼のような「全身アーチスト」と呼べるような真のアーチストは少ないものです。彼のどの部分を切っても、その芸術のエッセンスが流れ出てくるという意味で。もはや音楽家でさえなく、ただ純粋に、アーチストとしての存在。


Joaoの正しき後継者にしてMPB最高のアーチストであるCaetano Velosoは、彼の"PraNinguem"という曲のなかで、こう歌っています。

(ブラジルを代表する歌手達の名を挙げ、誉めたたえつつ、けれどもそれよりはsilencio ~静寂~のほうがよい、と歌ったあとで)

"Melhor do que o silencio so Joao"
(静寂よりもよいのは、Joaoだけ)



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