鍛冶屋



鍛冶屋をしながら鍛冶屋になる〜臼田道成


「鍛冶屋をしながら鍛冶屋になる」。妙な言葉である。なぞなぞか何かの類いか。しかし確かにこの通りなのだ、日本語に訳すならば。そう、これはフランス語の "C'est en forgeant qu'on devient forgeron" ということわざ。私が大学一年生の時に使っていた文法の教科書に載っていた例文で、もはや不勉強の私にはその発音のしかたすらおぼつかない。ただ、この言葉を知ったときのことははっきり覚えている。講義のさなか、私の心に、見知らぬ若いフランス人の鍛冶屋が現れ、赤く灼ける鉄を力いっぱいに打ち始めたのだ。そして、この言葉が気に入った私は、いつもポケットにひそませるようにして、当時の音楽仲間に聞かせては、その意味するところを嬉しそうに語ったものだった。22歳、私が歌手として生きることを本気で考え始めたころのことである。
手もとにあるフランス語の辞書を引いてみると、この言葉はすなわち、日本語の「習うより慣れろ」だと書いてある。確かにその通りなのだろう。が、果たしてそんな、のんきな説教として私は読んだのであったか。否、もっと切迫した気持ちで、その切迫した状況から道を切り開くための言葉として読んだはずだ。私が心の中で出会った、あの鍛冶屋は、薄暗い仕事場で汗を流しながら、たったひとり、必死に鉄と格闘していた。自分は鍛冶屋になれるだろうか、なれる、いや、なれないかも知れない、と自問自答を繰り返しつつ。しかし鍛冶屋を始めるより他にすべはない。そして、どんな熟練の技を持つ鍛冶屋でも、みな最初は未熟なかけだし者の時代があったはずであり、失敗を糧としながら、成長してきたのに違いないのだ。十分な上達を待ってプロになるのではなく、思い切ってその世界に飛び込んで、未熟なプロから出発してもいいではないか、そしてそれがたぶん、最善の道なのだ。そんなふうに読み取ったのだった。将来について思いあぐむ大学一年生の私が、無味乾燥な教科書のすみっこに、ひそかに見つけた、キラリと光る宝石のような、そして励ましと勇気に満ちた言葉だった。


さて、あれから15年の時が流れ、今あらためてこの言葉を眺めてみる・・・。と、当時とはかなり違った読み方をしている自分に気づかされる。
「鍛冶屋をしながら、鍛冶屋になる」。この文のうち、昔の私がひかれたのは、「鍛冶屋をしながら」という部分であった。が、今すでに私は音楽家(つまり、鍛冶屋)であり、いかにすれば音楽家になれるかについて悩む必要はない。その私の目が向かうのは、「鍛冶屋になる」という後半の部分である。私にはこの「鍛冶屋になる」という動詞が、終わりのない現在進行形に思えてならないのだ。それはまたどういうことなのかって?では、あの15年前のフランス人鍛冶屋に久々に会って、尋ねてみよう。たぶん今も鍛冶職人の道を歩んでいるはずだが・・・。
果たして彼は、いく人かの弟子をかかえ、世間も認める、いっぱしの鍛冶屋になっていた。が、と彼は言う。「確かにオレは鍛冶屋だ。しかし、なった、のではない。今だって毎日鍛冶屋になり続けているのだ。なった、では終わりで、その先がないではないか。鍛冶屋は一生たゆみなく鍛冶を続けることによってのみ、真の鍛冶屋になるのだ」。彼が格闘するところの真っ赤に灼ける鉄が、真っ赤に灼け続けることによってのみ、未来の可能性をはらんでいるのと同じように、彼もまた灼け続けることをやめようとしない。
鍛冶屋をしながら、鍛冶屋になる、か。ふうむ、なるほど。では、今からさらに15年後、私はこの言葉を、いったいどのように読むであろうか。そして、幻影のフランス人鍛冶屋の行く末や、いかに。すると去りぎわ、呆れ顔の鍛冶屋が、私に向ってこう言い捨てる。「今日と明日を結ぶ道が15年先に続いているだけのことさ」。その通り!15年後の心配なんぞしているヒマはないね。しからば私も歌手のはしくれ、いつものように歌い始めるとしよう、いざ。



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