新・一枚のブラジル音楽〜臼田道成




“Songbook NOEL” 「ノエル・ホーザ・ソングブック」


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良いコンピレーション・アルバムを作るのは、言うまでもなくプロデューサーの才覚と腕である。魅力的なアルバムのコンセプトを立て、それに従って曲を選び、演奏家を選び、良い演奏を引き出す才覚と腕。
数あるコンピレーション・アルバムの中で、僕が特に秀逸だと思うのはAlmir Chediak(アウミール・シェヂアッキ)のプロデュースによる、“Songbook”ソングブック・シリーズである。彼が卓れた才覚と腕を備えていたのは間違いない。
アウミールは自らが設立したレーベル“Lumiar”(ルミアール)で、アリ・バホーゾ、 アントニオ・カルロス・ジョビン、 ドリヴァル・カイミ、シコ・ブアルキなど、ブラジルの名作曲家達の作品集を、ブラジルの多様なジャンルから優秀なミュージシャンを起用し、それぞれが得意とする「スタイル」を活かしながら、同時に原作の持つ美のエッセンスを失わないような形で注意深く制作してきた。参加演奏家達が、契約するレコード会社の垣根を超えて集められていることも特筆すべきで、まさに、ブラジルの音楽家達による自国の音楽文化への熱いhomenagem(敬意)の結晶であるといってよいと思う。もちろん、彼ら偉大な演奏家達を「その気」にさせたアウミールその人にも、僕らはhomenagemを捧げなければならないだろう。
彼が残したもうひとつの大きな意味ある仕事は、楽譜集としてのソングブック・シリーズである。特に最初に発行された全5巻、300曲以上からなる“Bossa Nova”はボサノヴァの保存と発展のために国内外でとても大きな役割を果たしている。それまで、作曲者に認められるような正しい形で制作された一般向けの楽譜、歌詞集は存在しなかったのだ。
残念なことに、2003年、アウミールは犯罪に巻き込まれ亡くなってしまったが、その業績はLumiarという名とともに、いまだに光を放ち続けている。

さて、そのアウミール・シェヂアッキの残した数あるCDソングブック・シリーズの中でも、最高峰!と僕がお勧めするのが、この1991年制作の“Songbook NOEL”である。実は、このアルバムこそ、このシリーズの第一作目、アウミールのプロジェクトの原点であった。1937年、26歳で夭折した天才サンバ作曲家ノエル・ホーザの名曲たちが、ブラジルを代表する歌手、演奏家たちによって、あたかも書き下ろしオリジナル作品のように、現代の息吹で活き活きと再生されている。今、これを聞き返してみて驚かされるのは、彼ら演奏家のノエルへの尊敬と、卓越した伎倆だけではない。1930年代の作曲家ノエル・ホーザが、すでにボサノヴァの重要な属性であるところの「軽み」と「粋(いき)」をその作曲の中で実現していたことだ。一般にサンバの名作曲家として知られるノエルだが、彼と、二十数年後に生まれるボサノヴァとの間は、地下水脈のように直接つながっていたのだ。その証拠に、このアルバム中の“João ninguém”において、ボサノヴァの大作曲家ジョビンは、1935年録音のノエル本人による録音のものとほぼ同一のアレンジで演奏し、みごと真正ボサノヴァとして僕らに示してくれたのである。さすがジョビン、意図的に踏襲したのであろう。「どうだい、僕らのノエルは、半世紀以上も前にこんな風にもうボサノヴァやってたんだよ。すごいだろう?」と言わんばかりに。真似、などとと言う勿れ。大作曲家から大作曲家へ、なんと美しくユーモアに満ちたhomenagemの表し方であろう。

真実のボサノヴァを知りたければジョアン・ジルベルトを聞くべし。然り。また、こうも言える。ボサノヴァの粋(いき)を知りたければノエル・ホーザを聞くべし。そして、このアルバムは、全曲が現代の個性的な演奏家たちによるカヴァー集でありながら、同時にノエル・ホーザという一人の天才が表現しようとした「粋」が、その死後半世紀を過ぎて、生きた形で一枚のCDとして実現された、驚嘆すべき作品集であると言える。
多くの優れた個性達の、尊敬に満ちたコラボレーションによる、一つの偉大な個性の表現。アウミールが目指したのはそれであったろう。それは、大切なブラジル文化の一としての音楽への愛に発し、支えられたものだった。あらためて、僕らにこんな貴重な仕事を残してくれたプロデューサー、アウミール・シェヂアッキに感謝を捧げようではないか。そして御冥福を。合掌。


(PINDORAMA 2011年9月号より転載)

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